東京地方裁判所 昭和27年(ワ)3335号 判決
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〔判決理由〕そこで先ず被告の要素の錯誤の抗弁について判断する。
<証拠>を綜合すると、原告は前記認定のように被告振出の約束手形中一部の手形が不渡となつたため原告会社取締役訴外宇治田暁則に右債権処理を担当させ同人は更に営業課員訴外広井金吾をして右手形金の支払方を要求させていたこと、当時被告は原告に対する前記多額の手形債務をはじめとして他にも多数の債務を負担しその従業員の給料支払にも窮するような状況であつたため事業の継続に必要な資金の提供を受けてその窮状を打開しようとし各役員は手分けしてこれにあたつたが社長の訴外加藤新、取締役の訴外今野勝久は原告より資金の融通を受ける交渉にあたり、前記広井に対し原告において二〇〇〇万円ないし三〇〇〇万円を被告に融資して貰いたい旨懇請したところ、広井は原告会社の取締役をしていた宇治田暁則に報告相談をし、その結果広井は今野等に対し被告の営業状況を調査したうえで原告の態度を決める旨答え、同人はその後約二〇日間にわたり被告会社において被告の経理営業状況を調査したが、その当時原告内部において被告に対する融資の件は権限ある機関にはかられず、従つてその決定はなされていなかつたのに拘らず、宇治田、広井においては被告より申込まれた融資に応ずる旨答えることによつて既存の被告に対する前記債権の確保を得ることもできるとの考慮もあつたため、広井は同年一一月中には被告工場の従業員大会に出席し被告従業員に対し今後原告が被告に融資し援助するから心配しないで働いて貰いたい旨の挨拶をし、またその頃被告会社の取締役渋谷豊盛に対し原告が被告に抵当権設定後年内に五〇〇万円の融資をすることが重役室で決つた旨述べ、更に前記今野及び被告会社の経理課長大島巌に対しても被告の財産全部に抵当権の設定をすることを条件に年内五〇〇万円を融資する旨答えたうえ、前記一七通の約束手形金債務を準消費貸借債務にあらため、これを被担保債務として被告所有の土地、工場、機械全部について原告のために抵当権を設定することを要求したこと、前記加藤新は前記のような状況から判断し、原告から真実年内に少くとも五〇〇万円の融資を受けられるものと信じ、広井から示された契約書には融資に関する条項の記載もなかつたが、融資は当然受け得るものと信じ原告の要求どおり前記認定の準消費貸借契約並びに抵当権設定契約を締結し、直ちに板橋区所在の不動産についてその旨の登記をした。そこで被告は原告に対し融資の履行を求めたが、原告においてもともと被告に対する融資の決定はしていなかつたためこれに応ずることなく別にその懇請に応じて約束手形を五通割引いたのみであつたことが認められ、<証拠>中右認定に反する部分は信用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
以上認定した事実によれば、被告は右手形金の処理業務を担当した広井から原告のために前記の手形金債務を準消費貸借債務にあらため、抵当権を設定すれば昭和二五年末迄には原告から少くとも金五〇〇万円位の資金を融資して貰えるものと誤信せしめられ、よつて原告と本件準消費貸借契約を締結したものであるから原、被告間において右融資の約束は右準消費貸借契約締結の明示の動機となつているものというべきであるから本件準消費貸借契約は要素の錯誤があるものというべく、従つて無効である。
次に原告の再抗弁について判断する。
本件準消費貸借契約の締結は原告主張のように約束手形金債務に関してなされた和解の性質をもつものであるとしても、前記のとおり被告の錯誤は紛争の対象である手形金債務額又は抵当権設定義務の存否についてのものではなく、紛争に関する譲歩の動機、又は条件である前記五〇〇万円の融資の点にあるのであるから、かかる点についての錯誤は民法第六九六条の規定するところではなく、従つて被告は無効を主張しえなくなるものではない。よつて原告の再抗弁は理由がない。(田中宗雄 小河八十次 岡崎彰夫)